1.食うか食われるか ドイツ的プリンパンPuddingbrezel 争奪戦
雲井夏樹はあまり甘いものを食べない。
嫌いなわけではない。たとえば彼は、雲井家が日本から持ってきた貴重なお菓子を監視している。監視していると書いたのは、日本から持ってきたその貴重なお菓子を、私が離さないからだ。いつも手に握りしめているわけではないけれど、妻がいつの間にか、思いのほかたくさん食べてしまうので、警戒しているのだ。
「またなくなってる。」
彼は不満げにいった。瓶に綺麗に並べられたチョコレートスナックが、半分に減っていた。
「それ、私好きなの。」
「ぼくも好きなんや!」
いうが早いか、彼は瓶に大きな手を突っこみ、三本ほど束で取って、口に放りこんだ。
「バニラ味のがもうないやんか」
「私も好きなの、バニラ味。」
「結構なスピードだよね。」
「そんなこといったら、ナツさんやって私に黙って美味しいものいっぱい食べてるやんか。」
ナツさんはぼやかしているけれど、時々仕事仲間と美味しいものを食べてくることを私は知っている。
甘いものをそれほど食べないからといって、独占していると、こんなふうに怒られて喧嘩になる。ナツさんが好きな甘味は、日本メーカーのとあるチョコスナックバニラ味と、近所の老舗のパン屋さんのプディングプレッツェルだ。
毎日のように利用するパン屋さんなのだけど、昨日ウィンドウを見たら、プディングプレッツェルに珍しくさくらんぼジャムが乗っかっていた。なんて春らしい。これは、買いでしょう。ナツさんは、休暇中なのに、あろうことか風邪をひいている。コロナは陰性、熱もないけれど、しんどそうなので好物のパンを買ったら力が出るかもしれない。
うちに帰ると、彼はとても嬉しそうな顔をした。
「いいね。プディングプレッツェルにジャムがかけてあるの。」
「はんぶんこね。」
プディングプレッツェルは大きめなので、いつも二分の一に切ってふたりで分ける。が、この時、彼は終わったことを蒸し返した。
「りっちゃん、チョコスナックいっぱい食べたんだから、ぼくが全部もらう。」
「なんだとお。」
「チョコスナックはドイツでは買えないけど、プディングプレッツェルはいつでも買えるからいいでしょ。」
「明日店に並ぶプディングプレッツェルが、さくらんぼ乗せてるとは限らないもん。ちょっとぐらいはいいやんか。」
冠のようにさくらんぼジャムを乗せている、煌めくプディングプレッツェルは、あっという間に三分の一にカットされ、皿に盛られて運ばれていった。ナツさんの皿には、でかくカットされた残り三分の二が誇らしげに座っている。食卓に、何とも言えぬ微妙な空気が流れた。
「いただきます。」
ナツさんが勝ち誇ったような顔をした。ゆっくりと、満足そうに頬張っている。私はパイ生地をナイフでをぐさりと突き刺し、大口を開けて、小さな、だが一口には少々大きい一切れを食べた。
「ああ、もう!」
「大きな声出さない。」
ええい、くそ。今回は私の負けか。諦めてため息をついたその時だった。
「わあああああん!」
寝室から赤ん坊の泣き声が聞こえた。次男の優樹である。私は立ち上がって、急いでベッドに向かった。