結婚は食バトル ードイツ朝食でドラフト開始
ドイツにもモーニングがある。パンやチーズや卵が大きなお皿に盛られていて、見た目にお洒落だなあといつも見惚れてしまう。
ドイツに来て間もない頃、わざわざ地下鉄に乗って、とあるカフェによく朝食を食べに行った。この朝ごはんは、バスケットいっぱいにパンが運ばれて来るし、おかずも多く、ひとりでは食べ切れない。毎回、一人前をナツさんと分けることにしていた。
「分ける」と言っても「はい、あなたの分ね」などと美しいやりとりにはならない。テーブルは、戦場になる。最初にジャンケンをして先攻後攻を決め、あとは交互に好きなものを食べていく方式で、争いつつ食べ合いっこしていたのだ。
この戦争を、彼は「ドラフト♪」と名づけて、いつも鼻歌を歌っていた。
小麦そのものの味がする香ばしいパンや濃厚なチーズ、苦味のある大人好みの野菜ルッコラ、みずみずしいトマトと色鮮やかなパプリカ、チーズの上にちょこんと乗ったマスカット。食べては幸せな気持ちになり大満足だったのに、つねにナツさんはにやりと笑っている。
この不敵な笑みの意味は、何度目かのモーニングで理解した。今まで食べたことのないチーズがあることに気がついたのである。
それは小さなケーキの形をしていて、なめらかなチーズの地にナッツが散らしてある。よく見ると細かく切った果物も美しくくっついている。思わず手を伸ばした。
ナツさんは明らかに表情を変えた。あのさ、などと話しかけてくる。慌てている。私は知るものか、と謎のチーズをフォークでぐさりと突き刺し、口に運ぶ。
甘い。そして美味しい。
新婚の旦那は、毎回同じものを選択するという私の習性を見抜いていて、このデザートチーズがいかに美味いかということを告げずに、朝食ドラフトのたびに食べてたんである。
私はナツさんをじっと見た。いやだってさドラフトだしとかゴニョゴニョ口を動かしている。いったい何度このデザートチーズを食べ損ねたんだろう。
早くドイツ語を習得しようという決意とともに、それからは選り好みせず、いろんなものを食べるように、用心するようになった。
食べ物の恨みはけっして消えていない。